
叢雲桜
いつもなら寝ている時間だが、今日は祭り太鼓の音で目が覚めたてしまった。
再び眠る気にもなれず外へ出ると、いつもとは違う、町の活気が百朝臣を迎えた。
子供が風車やら、飴菓子やらを持って走っていく。…自分にもそんな時代があったな。と微かに懐かしく思う。
あの頃は想像もしなかった。自分が男娼になるなんて…。もっとも、なりたくてなる奴などいないだろう。只、こんなふうになってしまったからこそ、彼に出会えた。
正直、あの人は優しいとは言えない。残酷とすら言える彼に、浅ましいとすら言われるだろう希望を自分は持っている…。
橋上で、恋人達が待ち合わせをしていた、時間に遅れたのだろうか、男がしきりに女に謝っていたが、すぐに女が男の腕を引いて、祭りの人込みの中にまぎれていった。
こんな日に一人歩きなんて空しいだけだな。そう思ってきた道を戻ろうとした。
「あ・・・・・」
彼だ。後ろに控えた忘八者らしき二人を離れさせると、まっすぐに百朝臣に歩み寄ってきた。
「し、逍遙子…」
「散歩か?百朝臣」
「早くに目が覚めてしまったので…」
「…そうか、お前達にこの時間は早い時間なのだったな」
「お前達」とは一夜を売る自分の同業の者達をさしている。…この人は自分以外にも買っているのだろうか。当たり前だが、そんなことは聞けない。聞く資格もない。それでも、そう思ってしまうと、悲しくなる。
「わ、私はこれで・・・」
言って立ち去ろうとした百朝臣の身体を強い腕が止めた。
「そう急くこともあるまい…せっかくの祭りに桜の花よ。年一期しか咲かぬのなら、一生に百も拝めぬものだ」
「はい…」
何を話すわけでもない。ただ、黙って百朝臣は逍遙子について歩いた。
町の祭囃子の中でも何も話さなかった。立ち止まって何かを見るわけでもなく、ふらりと歩いて、気が付けば町外れの桜並木。
「逍遙子…私は戻ります…」
男娼は色里より出てはならない。その決め事が百朝臣に重くのしかかる。
「そうか…そうだったな」
「・・・・・」
嫌だ。もっと一緒にいたい。出かけた言葉を飲み込んで、手を強く握った。
今度こそ、泣き出す前に立ち去ろう…。
そう思った時、逍遙子が思わぬことを言い出した。
「では、お前の部屋で桜見だな」
「え…?」
「先に戻って待っていろ」
「でも、逍遙子…」
店には客以外入れられないし、自分の狭い何もない部屋に逍遙子を入れたくない。何より男娼の部屋に常連とは言え部外者を連れ込むことは禁じられている。
「行け」
強く言われると言い返せない。言われるがまま、百朝臣は部屋に戻っていった。
百朝臣の姿が見えなくなってから、逍遙子は桜の枝を一本手折り、花弁に軽く口付けた。
「…出て来い」
低く言うと、木陰から忘八者が姿を現した。
「どうゆうおつもりですか?男娼をこのような場所へ連れてくるなど」
「ただの戯れだ。気にするな」
「男娼を逃がしては、我々が総名主殿に叱りを受けます」
忘八者に皮肉気な笑みだけを返して逍遙子は色里へと歩いていった。
店の裏戸で、百朝臣は落ち着きなく歩いていた。
「逍遙子、こっち!」
手で大きく招き、人が見ていないのを確認して中へ導いた。
幸い、まだ店の者達は寝ているだろうという時間。足早に階段を上がって匿うように逍遙子を部屋に招いた。
ほとんど何もない、雅にはよほど遠い自分の部屋が恥ずかしかった。何もない部屋は何もない自分を表しているようで、それを逍遙子に見られているのが堪らなく恥ずかしい。部屋を見た逍遙子が「綺麗な部屋だな」といった時には、いっそ何処かに隠れたいとすら思った。
「土産だ」
逍遙子は袂からとりだした包みと、先ほど手折った桜の枝を百朝臣に渡し、窓辺に腰を下ろした。
何も言えず、百朝臣は黙って茶を入れる。入れた茶を逍遙子に出すと自分は部屋の隅に腰を下ろした。
「何をしている?こっちに来い」
「え・・・・?」
「そこから花が見えるのか?」
窓辺に腰を下ろすなら、逍遙子に触れるか触れないかという距離まで近づくことになる。
躊躇っている百朝臣に軽くため息をついて再度「来い」と逍遙子は言った。
躊躇いながらも言葉に従い、窓辺に腰を下ろす。やはり距離を保とうとする百朝臣の腕を強く引いて胡座をかいている自分の膝の上に座らせた。
背中で逍遙子の鼓動を感じて、百朝臣の顔はどんどんと赤みを増していく。それに気が付いていてかいないでか、彼は外に目を向けたまま「美しいな」と百朝臣の髪を撫でながら言った。
百朝臣の部屋からは中庭を見ることが出来る。中庭の桜も咲き乱れ、風に花弁を踊らせていた。踊りの輪から外れた花弁が部屋を訪れ、百朝臣の髪に止まった。その花弁を取り、窓から風に戻す。さっきまで花弁を乗せていた手を逍遙子が掴んだ。
「し、逍遙子?」
掴んだ手から腕をたどって、袂に逍遙子の手が入ってきた。
「んっ・・・」
胸元を撫でられ、小さく声をあげる。突起に触れられると体が大きく反応したのがわかった。
「あぁ…」
「声を出すな。人が来てしまうぞ」
耳元で囁くように言われ、僅かにかかった逍遙子の吐息に背をしならせる。声を何とか抑えようと、息を殺そうと勤めるが、絶え間なく与えられる快楽に声がこぼれていく。
逍遙子の手がゆっくりと下へさがり帯を解かれ、中を探られると声は大きさを増す。
「んあっ…!!」
「我慢できないのか?」
潤んだ目で逍遙子を見上げ、小さく頷いた。
「そうか」
言って、先ほど解いた百朝臣の帯を噛ませる。
「これでいいだろう?」
首を振って百朝臣は講義の意を示したが、逍遙子がそれを気に止めた様子はない。
ゆっくりと着物を脱がして、身体に手を滑らせていく。それだけで百朝臣の身体が快楽に震えているのがわかった。
反応している百朝臣の中心に手を滑らせると帯を銜えさせた口から僅かに声がこぼれた。
「さぁ、いつもの様にしてごらん」
逍遙子の言葉に百朝臣はイヤイヤと子供のように首を振るが、逍遙子はそれ以上触ってはくれなかった。
反応している自分は何もせずに治まってくれるはずはなく、言われるままに自分の手を触れさせ動かし始めた。
「いい子だ」
目の前で自らを慰める百朝臣を前に逍遙子は笑みを深くしていった。
声が出ないぶん、百朝臣の出す卑猥な音が良く聞こえた。
「良い顔をするな」
言われた言葉はとても恥ずかしく百朝臣に届いていたが、自らを慰める手は止められなかった。
「やめろ」
静かだが、強い逍遙子の言葉に手を止められ、開放されなかった快楽が疼きと微かな痛みになって体内を走っている。
「苦しいな?百朝臣」
涙目で何度も頷き、開放されることを望んだ。
「そうか」
百朝臣の身体を前のめりに倒し、腰を少し持ち上げて前中心を強く握りこみ、もう片方の手で、一度に二本を突き入れ、百朝臣の中で暴れさせてきた。
「!!」
突き入れられた痛みは中ですぐに快楽に変わり百朝臣を翻弄したが、強く握られて開放されない快楽の証が痛みになって襲ってきていた。
「いきたいか?」
何度も頷いて、ようやく開放される。
力を失っている百朝臣の口から帯を取ってやると荒い呼吸が聞こえた。
脱がせた着物で百朝臣の身体を包んで膝の上に抱き、何も言わず逍遙子は再び外に目を向けた。
「逍遙子…」
しばらくして、呼ばれて百朝臣に目を向けると、腕の中で百朝臣は眠りに落ちていた。
「…寝言か」
夜気に冷やされはじめた風に撫でられ百朝臣は目を覚ました。逍遙子の姿はない。
・・・夢だったのだろうか?
着物を着直しながら窓辺に目を向けると、桜の枝と逍遙子が渡してくれた包みがあった。
夢ではなかったのだ。
逍遙子が使った湯飲みにそっと口付けて、彼の姿を思い出す。それだけで嬉しくなる。
花弁が見劣りする程のあの人は確かにここにいたのだ。
貰った包みを開いて、百朝臣は微笑んだ。桜餅だった。
甘いものは好きだったが、すぐに食べようとはしなかった。まだ、彼に礼を言っていないことに気が付いたのだ。
じきに夜が訪れ、この色里の“今日”が始まる。
昼という夢の中で彼に会えた日だけど...
だけど、どうか、“今日”の終わりに、また彼に会えますように・・・・・。

SS:世衣 / 絵:流那