9 何処に居てもみつける。
ふわりと大好きな香りが鼻をくすぐる感覚に、風泣血は机に伏していた顔を嬉しそうに上げた。
小さく唇の端をあげ笑うと席を立ち、部屋の入口まで歩いた。
「もう少し・・・・・・。角を曲がって・・・・・・」
ほら、あと十五秒・・・・・。そう心の中で呟くだびに、風泣血の顔は笑顔で溢れていく。
五・四・三・二・一・・・・・・
扉が開かれると同時に、風泣血は両手を広げて入ってくる人物を迎えた。
「おかえり、武咸尊!」
目を丸くして入口に立ったままの武咸尊に抱き、風泣血はその髪に頬ずりを始めた。
「な、何をしてるんだ」
「へへ、そろそろ帰って来る頃だと思ってさ」
風泣血は武咸尊の髪に自分の指を何度も絡める。相変わらず顔は満面の笑みを浮かべている。
その笑顔の横で、武咸尊は頬を染めながら眉根を寄せてため息をこぼした。
風泣血より後に部屋に戻るときは、こうして必ず風泣血は武咸尊を迎えに部屋の入口で待ち構えている。
そして決まって両腕で抱きとめてくれる。それがとても嬉しい。――自分にはできないコトだけれど――
いつまでも解いてくれない風泣血の腕の中で、武咸尊は緩む自分の頬の筋肉を必死で抑える努力を試みる。
いつものコトなのに、いつもの風泣血の笑顔なのに、いつまでたってもそれに慣れることができない。
その腕に、温もりを。その笑顔に、心の安堵を。心と体の隅々までを風泣血という存在が満たしていく。
「おかえり」と出迎えられる嬉しさの後に待っている温もり。それが、日々の疲れを癒してくれる力に
なっていることに、武咸尊は気づいているのだろうか。
放っておくと、何十時間でも部屋の入口で抱きしめられたままでいそうで、武咸尊はトンと軽く風泣血の
胸に拳を当てた。
「いい加減離せ」
もう緩んでしまった頬を見せることができず、片手で口元を覆いながら武咸尊は風泣血の腕からすり抜けた。
「さぁ、お茶でも飲もう」
風泣血に背を向けたまま、武咸尊は一人で笑顔を作った。